TSUREZURE

筋電メディカル徒然日記

2021年06月04日

徒然日記 21
マンションと老夫婦

海辺に建つマンションに住んでから10年が経つ。
以前は、20年以上中野に住んでいたが、一戸建ての家を維持していくには若いうちでなくては大変である。20年も経てばスレートの屋根も滑るようになり、台風で倒れたテレビアンテナを直したくて近隣の電気屋さんに頼んでみたものの、滑るから怖くて上がれないという。仕方なしに知り合いの大工さんに相談したが、大枚な額の見積もりを出してきた。もちろん、アンテナを立て直すために、屋根の張替えを全部しなければならないからだ。その大工さん、壁も塗り直さねばねぇ!と、つけ足した。もちろん、別の見積もりになる。
 
左隣の家が、ボヤを出したことがある。危うく火が屋根を伝って私の家の軒に移りそうになった。逆隣の家との間には、駐車場がある。が、知らない内に売ってしまった。それは自由だが、私の家は小さい。駐車場跡地に家が建つとの噂がある。家の側面の窓のほとんどが光を通さなくなる。家を買うのが遅かったせいで、大きなローンが残っていた。夜逃げ同然で、その家を手放した。もちろん、悪いことはしていないが……。
もう年寄に入りかけたのだから扉一枚、鍵ひとつで行動できる所を選ぼう!家族の総意であった。
 
家人は、下町生まれである。私の実家を中心に、また息子たちの学校中心に、移り住んできたが、終の棲家になるであろう家は、彼女の馴染みある所を選ぶことにした。家人の条件は、都心近く、買い物便利、乗り物便利、老人に優しく、自然豊か、そして怖がりの家人が望むところの人出があり、夜でも駅から女性が歩ける所、年寄だから駅から5~6分、後期高齢者になった場合を考えて、食べる店が多い所、そして、中野を売って買える所。そんな虫のいい所ありゃせんぞ!と思っていたら探してきた。
今や銀座まで3駅と大層有名な場所になっているが、10年前は野っ原だった。あっと言う間にニョキニョキと高層ビルが建ちサラリーマンが闊歩する。土日祝日は、わざわざ息子たちの家族が総出で遊びにくる。近くのショッピングモールやホームセンターなどは、駐車場に入る車が長蛇の列だ!
 
そのマンションに、一組の老夫婦がいた。おふたり共に日本人の顔だが、奥様の日本語がタドタドしい。彼女は電動車椅子を見事に操る。ご夫婦を傍にあるショッピングモールのハワイ料理屋でよく見かけた。予約でもしているのだろう!常にハワイアンダンスのステージ前のテーブルに座っていた。
別の日に出会うことがある。車椅子を動かす彼女の後ろを、ちょこちょこと夫が付いていく。最初の頃は、夫が車椅子を押していたが、そのうちに夫の歩幅が狭くなりだした。歩いているが、夫の右の靴と左の靴の間隔がどんどん狭まっていく。腰が曲がってきたようだ!そのうちに夫にヘルパーさんが付くようになった。妻は相変わらずスイスイと電動車椅子を操縦している。
しばらくして、夫の姿を見なくなった。ハワイアンの店も無くなった。人混みのショッピングモールをかき分けるような彼女の車椅子を今もよく見る。が、夫の姿は、もう無い!施設に入ったと思いたい。しかし、さっぱりとした彼女の顔を見ると「もしや!」と思う。
聞いた話だが、夫を亡くした妻の顔は結構さっぱりと見えるらしい!夫の姿を思い出すと、私がその姿になったらと思う!
そうならないためにも、森谷教授の教えを守ることにする!

高松市菊池寛記念館名誉館長
文藝春秋社友
菊池 夏樹