2022年08月26日
徒然日記 83
抑止力
70歳半ばになると気が付くことが沢山ある。それは、正しいか否か、事実か否か、判断がつかないけれども、考える時間と今までやってきた物事が、いっぱいあるからだろうと思うのです。なんでも悔いてもしようがない。
祖父の菊池寛がよく色紙に書いた「われ事に於て後悔をせず」は、宮本武蔵が「独行道」に残した言葉ですが、祖父は宮本武蔵をよく研究していました。祖父の友人で文芸評論家の小林秀雄さんは武蔵のこの言葉は「自分は常に慎重に正しく行動して来たから後悔などせぬ。というような浅はかな意味ではない。自己批判だとか自己清算などということをしてみても本当の自分に出会うことはできず、自分をごまかすことになる。後悔などというおめでたい手段で自分をごまかさぬと決意しろ、そういう確信を武蔵は語るのである。」と書いています。たぶん小林説は「後悔などいくらしても無駄だ!」と言いたいのではないでしょうか。
小林説も他の説も「われ事に於て」を「我が事」という意味で考えたと思うのです。祖父は、皆と違って「我れ事」と読んだのでしょう!と云うことは、祖父は「自分のことについて後悔などしない」と云う意味に解釈したのではないでしょうか?武蔵は「自分に囚われず、自然や摂理を受け入れて、今を精いっぱい生きる覚悟」をこの言葉に残したと、祖父は思い多くの人に頼まれた名言色紙に武蔵の言葉を書いたのだと思います。
長々と「後悔せず」の意味をここに書くつもりはありませんでしたが、現在激動の時代にこの言葉ほど『しっくり』したものが見当たらないのです。いわば人間の抑止力とも言えるのが『後悔』と言えるかも知れません。後悔をしないために、考えて行動しなければいけないよ!と神仏から言われているような気がするのです。
いくら医療が進化しても、いくら良い薬が出来ても、医療の逼迫は起こりえるでしょう!いつ起こるかわからないことに対して人的な、物理的な準備は金がかかってしようがない。
天候が怪しい!場所によっては初めての異変!路が洪水で河川化してしまうのも、まさかと思う行政の失態でしょう!被害にあった方々にはお察ししますが、今回のことを抑止力にしなければならない。いや、ちょっと前にもあったのだから抑止力にしなければと、思って勉強する役人がいないのかも。
台湾海峡だって今始まったことではありませんが、何も考えていなかった。ウクライナがロシアにいじめられたから、それが世界の目にとまり、ウクライナ戦争が抑止力になった!ら良いなぁ、と思います。
だからと言って「抑止力」=「核」と言っているのではありませんよ!核戦争になれば、この地球には人っ子一人人間がいなくなるやも知れないのですから、今、「核」以外の「抑止力」を考えねばならない時期に入ったのでは…。