2022年09月16日
徒然日記 86
人間の脳、経験と行動
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
驕れる人(者)もひさしからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
皆様ご存じの『平家物語』の冒頭を書いてみました。この『平家物語』がいつ出来たかはわかっていませんが、1240年(仁治元年)に藤原定家により書写されていたらしいので、それ以前に作られた話であろう説と1309年(延慶2年)以前に成立したという説があります。
『平家物語』は、鎌倉時代に成立した軍記物語で、平家の栄華と没落などが書かれた「読み人知らず」の作品で、保元の乱や平治の乱で源氏に勝利した平家が、その後の源氏との戦で滅亡、平安貴族と新たに台頭してきた武士たちの人間模様などを描いている。正に今年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の世界の話です。
「読み人知らず」、作者が不明なのは、目の不自由な琵琶法師たちが琵琶を奏でながら全国を語り歩いた時に多少変化していったのではないかと、私は考えています。
今さら、なぜ『平家物語』の冒頭を書きだしたかといえば、私の母がこの部分が好きで私によく話してくれたこともあります。また、今から800年近く前に出来た物語が、今の時代にもそのまま通じるという驚きもあります。私の稚拙な頭で、間違いを覚悟で、恥を忍んで、この冒頭が何を言っているか考えてみたのです。
──祇園精舎は、「般若心経」と同じようにインドの仏教の法典を音で漢字にしたもので、ふたりの徳の高い三蔵法師、鳩摩羅什三蔵(くまらじゅう さんぞう)が「祇樹給孤独園精舎」の漢字をあて、玄奘三蔵が「誓多林給孤独園」とした。この祇園精舎は、お釈迦様説法を行った、天竺五精舎のひとつであるという。この祇園精舎の鐘の音には、この世の全ては常に変化していくものだという響きがある。お釈迦様の病床の四方に相対して生えたというナツツバキ沙羅の小さな花の色、淡黄色の色は、どんなに勢い盛んな者も必ず衰えるものだという道理をあらわしている。世の中で栄え得意になっている人たちも、その栄えはいつまでも続きはしない。それは、春の夜の夢と同じで短い。勢い盛んな、はげしい者も、結局は滅び去ったりして、まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようだ!──
書いておいて「おーぉ、恥ずかしい!」と思うが、1200年以上前と同じようなことを現代の人たちが教訓にもしないでやっていることのほうが尚のこと恥ずかしい!
旧統一教会のことも安倍さんの国葬も、オリンピックで持った権力を使って金儲けに邁進する。それも税金泥棒に成り果てて!プーチンのウクライナ問題、習近平の西方覇権や台湾問題だって、春の夢、砂塵でしかない!人間の脳は、経験を糧に学ばないのでしょうか?良い方向に行動出来ないのでしょうか?恥を知らないのでしょうか?