TSUREZURE

筋電メディカル徒然日記

2023年02月10日

徒然日記 107
菊池寛作『マスク』(文春文庫刊)から

100年以上前、世界中猛威を振るったスペイン風邪も収まりつつあった。菊池寛が残した『マスク』の終盤、マスクを付けるか否かの部分を中略しながら書き移してみる。
 
 
━ 三月に、入つてから、感冒の脅威も段々衰えて行った。もうマスクを掛けて居る人は殆どなかつた。が、自分はまだマスクを除けなかつた。
「病気を怖れないで、伝染の危険を冒すなどと云うことは、それは野蛮人の勇気だよ。病気を怖れて伝染の危険を絶対に避けると云う方が、文明人としての勇気だよ。誰も、もうマスクを掛けて居ないときに、マスクを掛けて居るのは変なものだよ。が、それは臆病でなくして、文明人としての勇気だと思うよ。」
 自分は、こんなことを云って友達に弁解した。又心の中でも、幾分かはそう信じて居た。自分はまだマスクを捨てなかつた。もう殆ど誰も付けて居る人はなかつた。が、偶に停車場で待ち合わして居る乗客の中に、一人位黒い布片で、鼻口を掩うて居る人を見出した。自分は、非常に頼もしい気がした。ある種の同志であり、知己であるような気がした。自分は、そう云う人を見付け出すごとに、自分一人マスクを付けて居ると云う、一種のてれくささから救われた。自分が、真の意味の衛生家であり、生命を極度に愛惜する点に於て一個の文明人であると云ったような、誇をさえ感じた。
四月となり、五月となった。遉の自分も、もうマスクを付けなかつた。ところが、ぶり返したと云う記事が二三の新聞に現れた。自分は、イヤになった。脱け切れないと云うことが、堪らなく不愉快だった。
が、遉の自分も、マスクを付ける気はしなかった。━
 
 
菊池寛は、野球を見るのが好きで、この頃シカゴから野球チームが来て試合を観に行くことにした。
 
 
━自分が、入場口の方へ急いで居たときだつた。ふと、自分を追い越した二十三四ばかりの青年があつた。自分は、ふとその男の横顔を見た。見るとその男は思いがけなくも、黒いマスクを掛けて居るのだった。自分はそれを見たときに、ある不愉快な激動を受けずには居られなかつた。それと同時に、その男に明らか憎悪を感じた。その男が、何となく小憎らしかった。その黒く突き出て居る黒いマスクから、いやな妖怪的な醜さをさえ感じた。
 此の男が、不快だった第一の原因は、こんなよい天気の日に、此の男に依って、感冒の脅威を想起させられた事に違なかった。それと同時に、自分が、マスクを付けているときは、偶にマスクを付けて居る人に、逢うことが嬉しかったのに、自分がそれを付けなくなると、マスクを付けて居る人が、不快に見えると云う自己本位的な心持も交じって居た。が、そうした心持よりも、更にこんなことを感じた。自分がある男を、不快に思ったのは、強者に対する弱者の反感ではなかったか。━
 
 
今、マスクを付けるべきか否か迷っている方が多いと思います!100年も前の話です。
 

高松市菊池寛記念館名誉館長
文藝春秋社友
菊池 夏樹